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新潟地方裁判所 平成4年(行ウ)1号 判決 1992年11月26日

原告

市川年榮

被告

加茂市

右代表者市長

太田大三郎

被告

加茂市長

太田大三郎

加茂市収入役

西方勝男

右被告ら訴訟代理人弁護士

片桐敏栄

主文

一  被告加茂市に対する本件訴えをいずれも却下する。

二  被告加茂市長に対する本件訴えのうち、「被告加茂市長が、平成四年三月二四日、学校法人加茂暁星学園との間で締結した別紙物件目録記載一の(一)ないし(八)の土地についての無償譲渡契約及び同年六月三〇日、同学園との間で締結した別紙物件目録記載二の(一)及び(二)の土地についての無償譲渡契約をいずれも取り消す。」との訴え、「被告加茂市長は、学校法人加茂暁星学園との間で、同学園の四年制大学建設事業に関し、被告加茂市が同学園に建設事業費寄付金を交付する旨の寄付金契約を締結してはならない。」との訴えのうち既に締結された平成四年度分九七九〇万円の寄付金契約の締結の差止めを求める部分、及び「被告加茂市長が、平成四年七月三〇日、学校法人加茂暁星学園の四年制大学建設事業に関して、被告加茂市収入役に対して行った建設事業費寄付金五八〇〇万円についての支出命令を取り消す。」との訴えをいずれも却下し、その余の請求をいずれも棄却する。

三  被告加茂市収入役に対する本件訴えのうち、「被告加茂市収入役が平成四年七月三〇日、学校法人加茂暁星学園の四年制大学建設事業に関して行った建設事業費寄付金五八〇〇万円についての支出行為を取り消す。」との訴えを却下し、その余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告加茂市に対し、

(一) 加茂市議会が平成三年度加茂市一般会計補正予算第三号(第六七号議案)について、平成三年一一月二五日に可決した議決を取り消す。

(二) 加茂市議会が平成三年度加茂市一般会計補正予算第四号(第六九号議案)について、平成三年一二月二一日に可決した議決を取り消す。

(三) 加茂市議会が平成四年度加茂市一般会計予算(第二号議案)について、平成四年三月二四日に可決した議決を取り消す。

(四) 加茂市議会が平成三年度加茂市一般会計補正予算第七号(第二五号議案)について、平成四年三月二四日に可決した議決を取り消す。

(五) 加茂市議会が第三〇号議案について、平成四年三月二四日に可決した議決を取り消す。

(六) 加茂市議会が平成四年度一般会計補正予算第一号(第四二号議案)について、平成四年六月三〇日に可決した議決を取り消す。

(七) 加茂市議会が第四五号議案について、平成四年六月三〇日に可決した議決を取り消す。

2  被告加茂市長に対し、

(一) 被告加茂市長が、平成四年三月二四日、学校法人加茂暁星学園との間で締結した別紙物件目録記載一の(一)ないし(八)の土地についての無償譲渡契約及び同年六月三〇日、同学園との間で締結した別紙物件目録記載二の(一)及び(二)の土地についての無償譲渡契約をいずれも取り消す。

(二) 被告加茂市長は、学校法人加茂暁星学園との間で、同学園の四年制大学建設事業に関し、被告加茂市が同学園に建設事業費寄付金を交付する旨の寄付金契約を締結してはならない。

(三) 被告加茂市長が、平成四年七月三〇日、学校法人加茂暁星学園の四年制大学建設事業に関して、被告加茂市収入役に対して行った建設事業費寄付金五八〇〇万円についての支出命令を取り消す。

(四) 被告加茂市長は、本件口頭弁論終結時以降、学校法人加茂暁星学園の四年制大学建設事業に関して、被告加茂市収入役に対し建設事業費寄付金についての支出命令をしてはならない。

3  被告加茂市収入役に対し、

(一) 被告加茂市収入役が平成四年七月三〇日、学校法人加茂暁星学園の四年制大学建設事業に関して行った建設事業費寄付金五八〇〇万円についての支出行為を取り消す。

(二) 被告加茂市収入役は、本件口頭弁論終結時以降、学校法人加茂暁星学園の四年制大学建設事業に関して、建設事業費寄付金についての支出行為をしてはならない。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  被告加茂市

主文一、四と同旨

2  被告加茂市長

(一) 請求の趣旨2(一)ないし(三)をいずれも却下する。

(二) 同2(四)を棄却する。

(三) 訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告加茂市収入役

主文三、四と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、被告加茂市の住民である。

2  加茂市議会の議決

(一) 加茂市議会は、平成三年一一月二五日、被告加茂市の平成三年度一般会計予算の歳出予算に、別紙物件目録記載一の(一)ないし(八)の土地(以下「本件一の土地」という。)の取得費として一億一七四〇万九〇〇〇円を計上することを内容とする平成三年度一般会計補正予算第三号(第六七号議案)を可決した。

(二) 加茂市議会は、平成三年一二月二一日、被告加茂市の平成三年度一般会計予算の債務負担行為に、学校法人加茂暁星学園(以下「暁星学園」という。)が建設する四年制大学(新潟経営大学、以下「新潟経営大学」という。)の建設事業費寄付金として八億八三五七万一〇〇〇円を計上することを内容とする平成三年度一般会計補正予算第四号(第六九号議案)を可決した。

(三) 加茂市議会は、平成四年三月二四日、被告加茂市の平成四年度一般会計予算の歳出予算に、新潟経営情報大学(仮称)建設事業寄付金等として九八六六万二〇〇〇円を計上することを内容とする平成四年度一般会計予算(第二号議案)を可決した。

(四) 加茂市議会は、平成四年三月二四日、被告加茂市の平成三年度一般会計予算中に債務負担行為として予算計上した新潟経営大学建設事業費寄付金を一〇億八三五七万一〇〇〇円に増額補正することを内容とする平成三年度一般会計補正予算第七号(第二五号議案)を可決した。

(五) 加茂市議会は、同日、被告加茂市が暁星学園に対し本件一の土地を無償で譲渡することを内容とする第三〇号議案を可決した。

(六) 加茂市議会は、平成四年六月三〇日、被告加茂市の平成四年度一般会計予算の債務負担行為に、新潟経営大学建設事業費寄付金として九八二九万円を計上することを内容とする平成四年度一般会計補正予算第一号(第四二号議案)を可決した。

(七) 加茂市議会は、同日、被告加茂市が暁星学園に対し別紙物件目録記載二の(一)及び(二)の土地(以下「本件二の土地」という。)を無償で譲渡することを内容とする第四五号議案を可決した(以下、前記(一)ないし(七)の加茂市議会の議決を「本件各議決」という。)。

3  被告加茂市長の土地無償譲渡契約締結

(一) 被告加茂市長は、平成四年三月二四日、暁星学園との間で本件一の土地を被告加茂市が無償で譲渡する旨の契約を締結した(以下「本件無償譲渡契約一」という。)。

(二) 被告加茂市長は、平成四年六月三〇日、暁星学園との間で本件二の土地を被告加茂市が無償で譲渡する旨の契約を締結した(以下「本件無償譲渡契約二」という。)。

4  被告加茂市長の支出命令

被告加茂市長は、平成四年七月三〇日、新潟経営大学建設事業に関して、被告加茂市収入役に対して建設事業費寄付金五八〇〇万円についての支出命令を行った(以下、新潟経営大学建設事業に関して被告加茂市長が行う建設事業費寄付金についての支出命令をすべて「本件支出命令」という。)。

5  被告加茂市収入役の支出行為

被告加茂市収入役は、平成四年七月三〇日、新潟経営大学建設事業に関して、建設事業費寄付金五八〇〇万円についての支出行為をした(以下、新潟経営大学建設事業に関して被告加茂市収入役が行う建設事業費寄付金についての支出行為をすべて「本件支出行為」という。また、本件各議決、本件無償譲渡契約一及び二、本件支出命令、本件支出行為、並びに被告加茂市長と暁星学園との間の、被告加茂市が同学園に対して新潟経営大学建設事業寄付金を寄付する旨の寄付金契約(以下「本件寄付金契約」という。)を総称して、「暁星学園に対する公の財産の支出等」という。)。

6  暁星学園に対する公の財産の支出等の違法性

(一) 暁星学園に対する公の財産の支出等は、公の支配の及ばない教育事業に対して公金その他の公の財産を支出することであり、憲法八九条後段に違反する。

(二) 暁星学園の母体は、宗教法人であり、役員も同宗教法人の構成員が大半を占め、その教育内容においても毎朝座禅を強要されるという宗教性が認められるものであるから、かような暁星学園に対する公の財産の支出等は、憲法二〇条一項後段(特権の付与禁止)、同条二項に違反する。

(三) 暁星学園に対する公の財産の支出等は、公益上の必要性がないから、地方自治法二三二条の二に違反する。

(四) 暁星学園に対する公の財産の支出等は、加茂市教育委員会の申出によらないで行われたものであり、また本件各議案の提出に当たって、同委員会の意見書の提出もないから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条及び二九条に違反する。

7  被告加茂市長は、将来、暁星学園との間で本件寄付金契約を締結し、被告加茂市長及び被告加茂市収入役は、一一億二三八六万一〇〇〇円もの新潟経営大学建設事業に関する建設事業費寄付金の違法な支出手続をすることが相当の確実さをもって予測されるが、その金額からみて、被告加茂市に回復の困難な損害を生ずる恐れがあることは明らかである。

8  監査請求

原告は、平成三年一一月三〇日、加茂市監査委員に対し、左記のとおりの請求の趣旨を内容とする措置請求を行ったところ、平成四年二月三日、(一)ないし(三)について理由がないとして棄却し、(四)及び(五)は不適法であるとして却下する旨の監査結果が原告に通知された。

(一) 加茂市の長は、暁星学園に対し寄付又は財産の処分、譲渡の契約締結をしない。

(二) 加茂市の長は、暁星学園に対する寄付又は財産の処分等の議案を提出しない。

(三) 加茂市収入役は、同処分等に係る支出をしない。

(四) 加茂市議会は、平成三年一一月二五日の補正予算決定を取り消し、本件に係る額を減額して修正決定する。

(五) 加茂市議会は、平成三年一二月二一日の予算決定を取り消し、本件債務負担分を減額して修正する。

しかしながら、原告は、右監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項二号に基づき、本件各議決、本件無償譲渡契約一及び二、本件支出命令並びに本件支出行為の取消し、同法同条項一号に基づき、本件寄付金契約、本件支出命令及び本件支出行為の差止めをそれぞれ求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5及び8は認める。

2  同6は争い、同7は不知。

3  被告らの主張

(一) 原告の被告加茂市に対する各訴えは、被告加茂市に被告適格がないうえに、加茂市議会の議決は、地方自治法二四二条の二第一項二号の「行政処分」に該当せず取消しの対象にもならないから、右各訴えはいずれも却下されるべきである。

(二) 原告の被告加茂市長に対する訴えのうち請求の趣旨2(一)及び(三)の訴え並びに原告の被告加茂市収入役に対する訴えのうち請求の趣旨3(一)の訴えは、いずれも地方自治法二四二条の二第一項二号の「行政処分」に該当しない行為の取消しを求めるものであるから、右各訴えはいずれも却下されるべきである。

(三) 原告の被告加茂市長に対する訴えのうち請求の趣旨2(二)について

被告加茂市長は、暁星学園との間で、遅くとも平成四年六月一一日までに被告加茂市が暁星学園に寄付する新潟経営大学建設事業費寄付金の全額について、寄付金契約を締結し終えているから、原告の右訴えは訴えの利益がなく、不適法である。

(四) 暁星学園に対する公の財産の支出等の適法性

(1) 暁星学園は、昭和二六年、私立学校法三一条に基づき新潟県知事の認可を受けて設立された学校法人であり、同年、同知事の認可を受けて高等学校を設置し、昭和四三年文部大臣の認可を受けて短期大学を設置している。

そもそも、私立学校は、教育基本法、学校教育法、私立学校法及び私立学校振興助成法等の教育関係法規並びに加茂市補助金等交付規則により、その設置、廃止、教職員の資格要件及び教育内容等について法的規制を受け、また、私立大学の設置主体である学校法人についてもその資産や組織、管理に関して法的に規制され、さらに補助、貸付等の助成がなされた場合についての法的規制を受けている。また、本件無償譲渡契約一及び二においては、土地の用途を四年制大学の施設敷地と指定し、目的に違反した場合には右契約を解除して返還を求めるものと合意されているから、暁星学園に対する公の財産の支出等は、公の支配に属する事業に対するものであり、憲法八九条後段に違反しない。

(2) 暁星学園の寄付行為三条は、「この法人は、西村大串(以下「西村」という。)の創学の精神を遵守し、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に従い、学校教育を行うことを目的とする。」と規定し、同四条は、短期大学及び高等学校の設置を定めている。西村の創学の精神とは、学問の機会に恵まれなかった地方青年に教育の場を与え、地域の発展に資する人材の育成にあるから、何ら宗教教育を目的とはしていない。

暁星学園は、現在、宗教法人である大昌寺と組織上、財政上、人事上の関係は一切なく、西村の建学の精神を伝統として伝えているにすぎない。暁星学園の役員はすべて寄付行為に従って選任され、大昌寺の支配、影響は何ら受けていない。暁星学園の現理事、監事及び評議員中、理事である西村秀道のみが大昌寺の代表役員を兼ねているにすぎず、他は、大昌寺とは関係のない者である。

そして、暁星学園の前身である加茂朝学校は、経済的に恵まれない地域の青年が勤務前の早朝に西村の曹洞宗の大昌寺本堂で学んだことに由来するが、西村は大昌寺住職として禅にも造詣が深かったことから、生徒に座禅を指導した。その名残として現在暁星学園が設置する加茂暁星高校では、週一回の朝礼時に約一〇分間の静座と四弘誓願の唱和が行われているほか、クラスによっては約一〇分間のショートホームルームの時間に静座の時間を設けているだけで、正規の教育課程において宗教的教育を行っていない。静座は、座禅そのものといえるかは問題であり、また、座禅や静座は、宗教的教義や信仰とは無関係に精神統一のために一般人も行っていることであって、今日では宗教的色彩は弱いものといわなければならない。しかも、加茂暁星高校は、静座を特別に精神的抵抗を有する生徒にまで強制しているものではない。

また、そもそも教育基本法九条一項は、教育上宗教教育の尊重をうたっているのであり、私立学校が私立学校法の規定に反しない限り、私立学校が宗教教育をすることに何ら問題はなく、学校教育法、私立学校法等に適合する限り、地方公共団体による公の財産の支出等は禁じられていない。

したがって、新潟経営大学が将来何らかの宗教的色彩のある教育を行うとしても(現在、新潟経営大学の設立趣意書にはそのような記載はない。)、暁星学園に対する公の財産の支出等が憲法二〇条に違反することはない。

(3) 新潟県の平成二年度の大学進学率は、21.6パーセントであって都道府県中四六位と最低レベルにとどまっている。さらに、大学進学者の多くは県外へ進学しており、優秀な労働力の県外流出へとつながっている。これは、新潟県内に大学が少ないことが影響しており、特に加茂市周辺の新潟県中央地域(三市八町村からなる。)及び新津市を始めとする近隣地域(四市三町、以下、両地域を合わせて「新潟県央地域」という。)には、大学等の高等教育機関が新潟中央短期大学一校であることから、この地域における大学設置が地域の最重要施策の一つとして挙げられていた。

また、今日、環日本海経済交流圏確立の必要性が叫ばれており、地域経済の活性化及び活力ある地域作りのために、県央地域を中心とする広範な地域で地場産業の振興とそれを担う人材の育成確保が課題となっている。今回設立が予定されている新潟経営大学は、①情報ソフトの開発能力を身につけ、世界とつながる情報の利用等の高度な情報技術を習得すること、②国際経済情報を研究し、英語、ロシア語、中国語、韓国語の習得を通じて未来の国際人を育成すること、③中小企業、ベンチャービジネス、ニュービジネス論、マーケティング及び企業取引法などの学習を通じて企業経営者及び重要スタッフを養成することなどを目指している。その他、地域の学生に対する推薦入学制度などを通して新潟県、地域社会及び企業と協力し、市民の生涯学習、国際交流への機会の提供などを行い、また、国際化に伴い、留学生の受け入れも積極的に行うことにしている。

以上のとおり、新潟経営大学は、単に教育と学術研究の機関であるのみならず、地域文化の向上や地場産業の振興等、地域社会の発展に大きな影響を与えるものであることから、暁星学園に対する公の財産の支出等は、「公益上の必要」に基づくものということができ、地方自治法二三二条の二に違反することはない。

(4) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律二四条によれば、私立学校に関することは地方公共団体の長の職務権限とされており、また、同法二九条は、教育委員会の所掌に属しない大学及び私立学校の事務にかかわるものについてまで教育委員会の意見聴取を求めたものでないから、暁星学園に対する公の財産の支出等に関し、教育機関の申し出及び意見を待つ必要はなく、同法二三条及び二九条違反はない。

第三  証拠<省略>

理由

第一本件訴えの適法性について

一原告の被告加茂市に対する訴えについて

本件訴えは、いずれも地方自治法二四二条の二第一項二号に基づく住民訴訟であり、原告は、被告加茂市に対して、同法二四二条の二第一項二号に基づいて加茂市議会の議決の取消しを求めている。しかしながら、加茂市議会の議決は、同号の公権力の行使たる「行政処分」に該当せず取消しの対象にならないうえに、同号の訴えは、当該行政行為を行った行政庁に被告適格があるに過ぎず、行政主体である被告加茂市に被告適格はない。他に、原告の被告加茂市に対する訴えを当事者訴訟として許容する法規もないから、右訴えはいずれも不適法であって、却下を免れない。

二原告の被告加茂市長に対する訴えのうち請求の趣旨2(一)及び(三)の訴え並びに原告の被告加茂市収入役に対する訴えのうち請求の趣旨3(一)の訴えについて

原告は、いずれも地方自治法二四二条の二第一項二号に基づいて本件無償譲渡契約一及び二、本件支出命令並びに本件支出行為の取消しを求めているが、本件無償譲渡契約一及び二は私法上の行為であり、本件支出命令は行政組織内部の行為であり、本件支出行為は私法上の準法律行為であって、いずれも同号の公権力の行使たる「行政処分」に該当しないから、右訴えはいずれも不適法であり、却下を免れない。

三原告の被告加茂市長に対する訴えのうち請求の趣旨2(二)について

被告は、本件寄付金契約は、遅くとも平成四年六月一一日までに既にすべて締結されているから、原告の右訴えは訴えの利益がなく、不適法である旨主張するので以下検討する。

<書証番号略>によれば、被告加茂市長は、暁星学園に対して、新潟経営大学建設事業に係る建設事業費寄付金として、平成四年六月一一日付けで平成四年度から平成七年度までの間に合計一〇億八三五七万一〇〇〇円を寄付することを証明する旨の、平成四年七月六日付けで平成七年度に九八二九万円を寄付することを証明する旨の各書面を交付していること、右寄付は、加茂市補助金等交付規則に従い、暁星学園から補助金等交付申請書の提出を受け、被告加茂市長の決定を経て交付するとされていること、暁星学園は、平成四年五月一日、同規則三条に基づいて平成四年度分の新潟経営大学建設事業に係る建設事業費寄付金九七九〇万円の交付申請をし、同規則四条に基づいて被告加茂市長が交付の決定を行い、そのころ被告加茂市長がその旨暁星学園に通知したこと、被告加茂市は、暁星学園に対し今後、平成七年まで同規則に従って順次、各年度分の新潟経営大学建設事業に係る建設事業費寄付金を交付する予定であることの各事実を認めることができる。

右認定事実によると、確かに被告加茂市は、平成四年度から平成七年度までに合計一一億八一八六万一〇〇〇円を寄付することを証明する書面を暁星学園に対し交付しているが、右寄付は、加茂市補助金等交付規則に従い、暁星学園から補助金等交付申請書の提出を受け、被告加茂市長の補助金給付決定を経て寄付金の交付を行うことにしていること、加茂市補助金等交付規則は、補助金等の交付手続の細則を定めたものにすぎず、これにより補助金等の交付について行政処分性を付与するものとはいえないと解すべきであるから、私法上の贈与に類するものであり、同規則による補助金給付決定及びその通知は、私法上の贈与契約の申込みに対する承諾と同視でき、現在のところ、平成四年度分の建設事業費寄付金の交付決定及びその通知しかなされていないことに鑑みると、平成五年度分以降に交付予定の寄付金については、未だ確定的な寄付金契約は締結されていないというべきである。したがって、既に締結されたと考えられる平成四年度分九七九〇万円の寄付金契約については、その契約締結の差止めを求める訴えの利益はなく、その部分についての訴えは却下を免れないというべきであるが、平成五年度分以降に契約締結が予定される部分については、原告はその契約締結の差止めを求める利益を有するというべきである。

第二本案について

以下、原告の被告加茂市に対する訴え、被告加茂市長に対する訴えのうち請求の趣旨2(一)及び(三)の訴え、同2(二)の訴えのうち平成四年度分九七九〇万円の寄付金契約の締結の差止めを求める部分、並びに被告加茂市収入役に対する訴えのうち請求の趣旨3(一)の訴えを除く、その余の訴えについて判断する。

一争いのない事実

請求原因1ないし5及び8の事実は、当事者間に争いがない。

二本件寄付金契約、本件支出命令及び本件支出行為の適法性

1  憲法八九条後段違反の主張について

(一) <書証番号略>によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 暁星学園は、昭和二六年、私立学校法三一条に基づき新潟県知事の認可を受けて設立された学校法人であり、被告加茂市内に、同年、同知事の認可を受けて加茂暁星高等学校を設置し、昭和四三年文部大臣の認可を受けて暁星商業短期大学(現在の新潟中央短期大学)を設置している。

(2) 新潟県央地域は、人口約三二万七〇〇〇人の経済圏を形成しているところ、かねてより同地域内の住民の多数が同地域内に四年制大学を誘致する希望を有していた。そこで、同地域内の自治体は、被告加茂市内に高等学校及び短期大学を設置する暁星学園に経営情報学部を主とする四年制の私立大学の設立を要請し、暁星学園は、関係自治体が創設資金等を援助することを条件として右要請を受諾した。平成三年二月二五日、新潟中央大学(仮称)設立期成同盟会が結成されるなど四年制大学設立のための準備が進められた。

(二) 前記争いのない事実及び右認定事実によると、本件寄付金契約(但し、既に契約が締結されたと考えられる平成四年分を除く。以下同じ。)、本件支出命令及び本件支出行為(但し、既に暁星学園に支払われた五八〇〇万円の寄付金を除く。以下同じ。以下、本件寄付金契約、本件支出命令及び本件支出行為を合わせて「本件寄付」という。)は、暁星学園の教育事業に対して行われるものであることが明らかであるところ、憲法八九条は、「公金その他の公の財産は、宗教上の組織若しくは団体の使用、便益若しくは維持のため、又は公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業に対し、これを支出し、又はその利用に供してはならない。」と規定する。同条前段は、国家と宗教の分離を財政面からも確保することを目途とするものであるから、その規制は厳格に解すべきであるが、同条後段の教育事業に対する公の財産の支出、利用の規制については、もともと教育は、国家の任務の中でも最も重要なものの一つであり、国ないし地方公共団体も自ら営み得るものであって、私的な教育事業に対して公的な援助をすることも、一般的には公の利益に沿うものであるから、同条前段のような厳格な規制を要するものではないというべきである。そして、同条後段において教育事業に対する公の財産の支出、利用の規制を設けた趣旨は、公の財産が教育事業に支出又は利用された場合、元来、教育事業がそれを営む者の教育についての信念、主義、思想の実現であるため、教育の名の下に、公教育の趣旨、目的に合致しない教育活動に公の財産が支出されたり、利用されたりする虞れがあり、ひいては公の財産が濫費されたりする可能性があることから、これらの弊害を防止しようとするものであると考えられる。

このような法の趣旨を考慮すると、教育事業に対して公の財産を支出し、又は利用させるためには、その教育事業が公の支配に服することを要するが、その程度は、国又は地方公共団体等の公の権力が当該教育事業の運営、存立に影響を及ぼすことにより、右事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正し得る途が確保され、公の財産が濫費されることを防止し得ることをもって足りるものというべきである。右の支配の具体的な方法は、当該事業の目的、事業内容、運営形態等諸般の事情によって異なり、必ずしも、当該事業の人事、予算等に公権力が直接的に関与することを要するものではないと解するのが相当である。

(三) そして、暁星学園は、前記認定のとおり学校法人であるところ、私立学校法は、私立学校の設置主体である学校法人について、①学校の施設及び設備等に関して別に法律で定める要件を満たすことを要すること(同法二五条)、②設立、寄付行為の変更及び合併については、所轄庁の認可を必要とすること(同法三一条、四五条、五二条)、③役員の定数が法定され、その選任について欠格事由その他の制限が設けられ、その基準が定められていること(三五条、三八条ないし四〇条)、④解散事由について所轄庁の認可又は認定を要する場合があること(五〇条)、⑤解散した学校法人の残余財産の処分方法についても制限があること(五一条)、⑥所轄庁は一定の事由がある場合、学校法人に対し収益事業の停止を命じ得ること(六一条)、⑦所轄庁は、学校法人に法令違反等があった場合解散を命じ得ること(六二条)等の規定を設けている。また、所轄庁は、助成を受けた学校法人に対して、業務、会計の状況に関し報告を徴し、予算の変更を勧告し、法令違反等の場合において役員の解職を勧告することができるとされている(私立学校振興助成法一二条)。

さらに、学校教育法は、学校について、①学校の設備、編成について監督庁の定める設置基準に従わなければならないこと(同三条)、②学校、学部等の設置、廃止及び設置者の変更について監督庁の認可を要すること(同法四条)、③法令の規定等の違反があったとき、監督庁は学校の閉鎖を命じ得ること(同法一三条)等の規定を設けている。

また、<書証番号略>によれば、本件無償譲渡契約一及び二の契約上、譲渡物件を四年制大学の施設敷地として使用しなければならず、目的に違反したときは、被告加茂市長は契約の解除をするものとする旨約定されていることが認められ、さらに、前記(第一の三)のとおり、本件寄付は、加茂市補助金等交付規則に従って交付されるものであるところ、同規則は、①補助事業者等に、同規則及び同規則に基づく市長の指示並びに補助金等の交付の条件に従い、善良な管理者の注意をもって補助事業等を行わなければならないとの義務を負担させていること(同規則七条)、②補助事業者等に補助事業の遂行の状況に関し、市長に対する報告義務を課していること(同規則八条)、③市長は、補助事業等が補助金等の交付の決定の内容及びこれに付けた条件に従って遂行されていないと認めるときは、これらに従って当該補助事業を遂行すべきことを指示することができること(同規則九条)、④市長は、補助金を受けた者に用途違反があったとき、調査等の措置に応じないとき、交付条件違反又は市長の指示違反があったときは、補助金等の全部又は一部の返還を求めることができること(同規則一二条)、⑤市長は、補助金等に係る予算の執行の適正を期するため地方自治法二二一条二項による調査権を行使することができること(同規則一三条)等の規定を設けている(<書証番号略>)。

(四)  以上のとおり、暁星学園は私立学校法により、また、暁星学園が設置する新潟経営大学は学校教育法により、それぞれ規制を受け、また、暁星学園は、本件寄付に関して私立学校振興助成法、加茂市補助金等交付規則による規制を受けており、本件無償譲渡契約一及び二に関して、土地の用途を四年制大学の施設敷地と指定され、目的に違反した場合には右契約を解除して返還を求められるとされているのであるから、右規制の程度で暁星学園に対する公の支配は充分に及んでおり、本件寄付は、公の支配に属する事業に対するものであって、憲法八九条後段に違反しないというべきである。

2  憲法二〇条一項後段(特権付与の禁止)及び同条二項違反の主張について

(一) <書証番号略>及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 暁星学園の寄付行為三条は、「この法人は、西村大串の創学の精神を遵守し、教育基本法、学校教育法及び私立学校法に従い、学校教育を行うことを目的とする。」と規定し、同四条は、短期大学及び高等学校の設置を定めている。

(2) 暁星学園は、現在、宗教法人である大昌寺と組織上、財政上、人事上の関係はなく、暁星学園の役員は寄付行為に従って選任されている。暁星学園の現理事、監事及び評議員中、理事である西村秀道のみが大昌寺の代表役員を兼ねているにすぎない。

(3) 暁星学園の設置する加茂暁星高等学校の前身である加茂朝学校は、経済的に恵まれない地域の青年が勤務前の早朝に西村の曹洞宗の大昌寺本堂で学んだことに由来するとされており、その際、西村が生徒に座禅を指導した名残が現在の加茂暁星学園に伝わっており、現在同高校では、週一回の朝礼時に約一〇分間の静座と四弘誓願の唱和が行われ、クラスによっては約一〇分間のショートホームルームの時間に静座の時間を設け、年三回の宗教講話を聞く機会があるほか、正規の教育課程において宗教的教育は行われていない。

(4) 新潟経営大学の設立趣意書には、同大学が宗教的色彩のある教育を行うとの記載はない。

(二)  以上認定した事実によれば、暁星学園が憲法二〇条一項後段にいう宗教団体とはにわかに認め難いというべきであり、仮にそうでないとしても、前記(1(一)(2))及び後記(3)認定の本件寄付の目的、前記(2(一)(3))認定の加茂暁星高等学校における教育内容、前記(2(一)(4))認定のとおり新潟経営大学の設立趣意書には、同大学が宗教的色彩のある教育を行うとの記載はないことなどの事情に鑑みると、本件寄付の目的が宗教的意義を有し、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるとは到底いえないから、憲法二〇条一項後段(特権付与の禁止)に違反するとはいえない。

(三)  また、原告は、本件寄付が憲法二〇条二項に違反するとも主張しているが、本件寄付によって建設される新潟経営大学の教育内容は後記(3(一)(4))のとおりであり、新潟経営大学の設立趣意書には、同大学が宗教的色彩のある教育を行うとの記載はないことは前記(2(一)(4))のとおりである。そして、そもそも大学への入退学は個人の自由意思によるものであることなどに鑑みると、憲法二〇条二項違反であるとの原告の主張は失当である。

3  地方自治法二三二条の二違反の主張について

(一) <書証番号略>によれば、以下の事実を認めることができる。

(1) 平成二年度における新潟県の大学進学率は、21.6パーセントと都道府県中四六位であり、県内の大学収容率(県内の一八歳人口数中、大学入学者数の占める割合)は、全国平均の24.6パーセントに対して7.9パーセントと都道府県中四三位と最低レベルにとどまっている。また、平成元年度における新潟県の大学進学者の約八二パーセント、短期大学進学者の約五七パーセントが県外の大学、短大に進学しており、労働力の県外流出の原因となっている。

新潟県内には国立三校、私立四校の大学があるが、平成三年度における新潟県の大学の専門分野別整備水準(一八歳人口数に占める専門分野別入学定員数の割合について全国水準を一〇〇パーセントとした場合の比率)は、人文科学が25.4パーセント、社会科学25.6パーセントと低く、また、経営情報学部を設置している大学は県内にはない。

特に新潟県央地域には、大学等の高等教育機関が新潟中央短期大学一校のみである。

(2) 新潟県央地域には、金属洋食器、金属ハウスウエアー産業、金物産業、木工産業、ニット産業等の産業があり、これらを担っている企業は、企業の経営戦力に関する知識、コンピューターを充分に活用できる能力を備えた人材を強く求めている。

(3) 新潟県は、平成三年六月に「にいがた戦略二一プロジェクト」を発表し、その中で「新潟県の地理的優位性を生かして、環日本海経済交流圏の形成と新潟県の産業経済の活性化に向けて、対岸諸国の開発に積極的に協力する」という方針を掲げており、その交流に必要な人材が求められている。

(4) 新潟経営大学は、経営情報学部を設置し、情報科目、国際科目に重点を置き、経営学、情報学、外国語学(英語、ロシア語、中国語、韓国語)等の学科を設けることにしている。その他、社会人、留学生、帰国子女の受入れや、地域住民のために各種経営公開講座を開くことなども予定している。

(5) 平成四年度の被告加茂市の一般会計当初予算規模(一般会計)は、一二二億七五四九万九〇〇〇円である。また、被告加茂市は、平成三年に同年から平成七年までの中期財政計画を作成するなどして財政計画を建てている。

(二)  以上認定した事実によると、新潟経営大学の設置は、被告加茂市を中心とする新潟県央地域が地域経済の活性化及び活力ある地域作りのための地場産業を振興させ、それを担う人材を確保することができ、さらに地域文化の向上や地域社会の発展に資するという点において適切な公益目的を有するものであり、本件寄付は、右公益目的実現に欠くことのできないものであるということができる。そして、本件寄付のように総額一一億円以上の寄付を被告加茂市が行うことは、被告加茂市の財政内容からして充分に余裕があるともいえないが、右認定のとおり、被告加茂市は、平成三年から平成七年までの中期財政計画を立てており、本件寄付金が平成四年から平成七年までに分割して行われるものであることなどに鑑みると、これによって著しく被告加茂市の財政を圧迫するものともいえず、新潟経営大学設置の趣旨及び理由を考慮すれば、他の行政目的を阻害し、行政全体の均衡を損なうとも考えられない。

したがって、本件寄付について、公益上必要な場合に該当しないとか被告加茂市の行政全体から判断して著しく不合理であるともいえないから、本件寄付は、地方自治法二三二条の二にいう「公益上必要ある場合」に該当するというべきであり、同条違反との原告の主張は理由がない。

4  地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条及び二九条違反の主張について

原告は、本件寄付に関して、加茂市教育委員会の申出がなく、また、議案提出に当たって、同委員会の意見書の提出もないから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二三条及び二九条に違反すると主張する。

しかしながら、地方教育行政の組織及び運営に関する法律二四条によれば、私立学校に関することは地方公共団体の長の職務権限とされているところ、本件寄付は、同学園が建設する私立学校に関する事項であると解されるから、被告加茂市長の職務権限であるというべきである。また、同法二九条は、教育委員会の所掌に属しない大学及び私立学校の事務にかかわるものについてまで教育委員会の意見聴取を求めたものでない。したがって、本件寄付に関して、被告加茂市の教育委員会の申出及び意見を待つ必要はなく、同法二三条及び二九条に違反するとの原告の主張は理由がない。

第三結論

以上の次第で、原告の訴えのうち、被告加茂市に対する訴え、被告加茂市長に対する訴えのうちの請求の趣旨2(一)及び(三)並びに同2(二)の訴えのうちの平成四年度分九七九〇万円の寄付金契約締結の差止めを求める部分、並びに被告加茂市収入役に対する訴えのうちの請求の趣旨3(一)の各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、その余はすべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官太田幸夫 裁判官戸田彰子 裁判官永谷典雄)

別紙物件目録<省略>

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